作品名:

長久手遺跡の謎

製作者:Hiaro-achi Katye
製作年:1990年春
初出展:注文の多い展覧会




長久手遺跡に関する報告

 先月、愛知郡長久手町で発掘された木造の遺跡および木簡を調査するうちに私は驚くべき事実を発見した。木簡には古文書とも言うべき文章が書かれており、遺跡の謎を解く重要な手掛かりになった。文章は漢文で、西暦で600年頃のものと思われる。しかし、遺跡の方は紀元前200年頃のものであることが判明した。実に800年もの差があり、謎のすぺてを明かすことは無理なようだ。

 古文書によると、ここに見られる大小様々な形のブロックはそれぞ1れが一人の神を表している。そして、その中でも特別の三人の神(ここではa,b,cとしよう)を結ぷ直線上、およそ8m離れたところに一つだけポツンと立っているブロックがある。これは、人間を表している。おそらく、人はここから礼拝を行なったのではないだろうか。
 さて、この「人間」のプロックの真上に立ち、東方すなわち神々の方を見てみる。すると当然、先程の三人の神a,b,cが重なって見える。aとcの高さが同じに見える点、この視線の位置が問題なのだ、。普段は一見無秩序に並べられているように見える神々だが夏至をはさんで前後30日間〈すなわち6月8日〜7月7日〉の太陽が出ている間だけ、この問題の点に視線を合わせると、なんと、そこに文字が読み取れるのである。遣跡が紀元前のものであることは既に述べた。と、言うことはだ、漢字伝来の前に日本には固有の文字があったのだ!!
 まだ謎は多いが、取り急ぎ以上の事のみを報告する。